第85回 My 鎌倉   logo1
今月のゲスト

坂 麗水 さん

(薩摩琵琶奏者)

[2015.5.30]
坂麗水さん

ばんれいすい さ んのプロフィール
昭和21年(1946年)  大阪生まれ、東京育ち
昭和40年(1965年)  東洋英和女学院高等部卒業
昭和44年(1969年)   早稲田大学卒業 同年秋、結婚を機に鎌倉へ。
現在 薩摩琵琶錦心流中谷派襄水会会員、日本琵琶楽協会会員、鎌倉・ナッシュヴィル友好協会会長、一般社団法人鎌倉日仏協会役員

鎌倉へ

 大阪で生まれてすぐに東京へ引っ越し世田谷で育ちました。
中高と私立のミッションスクールの東洋英和女学院へ、その後早稲田大学へ入学。卒業した昭和44年(1969年) 秋に結婚し、主人の勤務先の 関係で鎌倉の御谷に住みました。その頃は鶴ケ岡八幡宮裏山の宅地造成の開発を懸念してわき上がった反対運動である御谷(おやつ)騒動が収まった頃でした。運動に携われた方々のお話を聞き、緑の大切さを改めて感じました。その後6人の子供を通わせていた御成小学校の改築問題にも直面しました。



琵琶との出会い
 
 御成小学校の改築問題のさなか、薩摩琵琶錦心流中谷派襄水会主宰の荒井姿水師を、父兄の一人が知り合いでイベントにお呼びしました。
 その時に琵琶の音色と語りの素晴らしさを知り、友達数人と先生に習いに行きだした事がきっかけで、すっかり琵琶の魅力のとりこになりました。40代から始めた琵琶でしたが、2011年に免許皆伝を授かり現在に至っています。
 琵琶には色々な演目がありますが中でも「平家物語」が好きです。これは耳で聞いたとき分かりやすいのがいいなと思い演奏会ではなるべく演目に入れるようにしています。
 平家物語(全12巻)はとても長くて、始めから終りまで朝から晩まで毎日弾じると全曲終えるのに1ヵ月かかったと江戸時代の記録にあります。当時はのんびりしていた時代ですね。薩摩琵琶には平家物語以外にも色々な演目がありますが、今は演奏時間に合わせて曲を短くすることが多くなりました。 
 
 
 琵琶は仏教の伝来(538年)頃中国から渡来し、日本では琵琶法師(僧衣をまとった目の不自由な人)がお経を唱えて諸国行脚する時の伴奏楽器(盲僧琵琶)として発達しました。だから内容は『諸行無常』を詠った哀しいものが多いですね。琵琶が鎮魂の楽器と呼ばれる所以です。鎌倉時代は大変琵琶が流行り、鎌倉の辻々には琵琶法師が沢山琵琶を奏でていたので、北条氏の時代には禁止令が出されたほどでした。源頼朝が息子・忠久(母親は比企氏の娘と云われる)を薩摩藩(当時は島津荘)に赴任させるに当たり沢山の琵琶法師を伴なって行かせた為、薩摩はさらに琵琶が盛んになったと云われてます。そんなわけで鎌倉の街にはこれからも琵琶が響いて欲しいと願っております。また琵琶の音がよく似合う町であると思います。(文責本人)

 現在は個人演奏会のほかチャリティーコンサートを行ったり、御成町の教室(ツヤマジカルルーム)で琵琶教室を開いて生徒さんに教えています。 



■ コンサート
 

 演奏活動は国内ばかりでなく、機会があれば海外でも行っています。また、邦楽のみならず西洋楽器との共演も行っています。コンサートの様子を動画でお楽しみ下さい。演目は「恩讐の彼方に」で朗読と琵琶の演奏が収録されています。

朗読と琵琶の演奏:恩讐の彼方に (動画:ダウンロードに30秒程度かかります。)

最近のコンサートの例です。

ポスター ポスター
 2015年3月12日
鎌倉・ナッシュヴィル友好協会主催「琵琶とリュート北鎌倉の邂逅」を鎌倉市山ノ内の東慶寺書院で開催  
 2015年3月21日
藤沢・旧モーガン邸のための募金コンサート「薩摩琵琶の響き」を開催 

ご挨拶

演奏項目
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   2015年4月25日
横浜・三溪園で錦心流中谷派襄水会「薩摩琵琶のしらべ」を開催 
   
9月に三渓園主催の演奏会が開催されます。
2015年9月21日11時~ 横浜・三渓園にて「薩摩琵琶のしらべ」襄水会主催・三渓園共催
2015年9月29日18時30分~ 横浜・三渓園内苑にて「観月会」三渓園主催



鎌倉・ナッシュヴィル友好協会

 ナッシュヴィル市と鎌倉市との友好親善都市関係を進めてほしいとの依頼が、当時のナッシュヴィルの佐藤総領事からありました。まずは民間ベースでの友好 からはじめることを合意しましたのが、私のナッシュヴィルとの交流の始まりです。2011年3月4日、「鎌倉・ナッシュヴィル友好協会」の前身である「鎌倉のカントリー・ブルーグラスを愛する会」が発足しました。続く、3月16日、ナッシュヴィル市長、カール・ディーン氏が鎌倉市との友好親善の円滑な進行をすすめるために鎌倉へ。松尾崇市長との懇談で、両氏が友好親善関係の締結に向け努力することでの認識の一致をみました。鎌倉市もナッシュヴィルとの友好関係の構築を全面的にバックアップすることが 了承されました。

 同年10月にはグラミー賞受賞者のバンジョー奏者アリソン・ブラウンさんおよび、ナッシュヴィル代表団が鎌倉を訪問、アリソンさんのコンサートが妙本寺で行われました。その時鎌倉側からの代表として薩摩琵琶を演奏しました。

 アリソン・ブラウンさんにはお子さんが二人いて、子供たちを御成小学校に体験入学で通わせてほしいという事でした。給食と放課後の掃除を生徒にさせるこ とが大変気にいったようでした。「お返しにナッシュビルの桜まつりで演奏しませんか?」とお誘いをうけ、2013年3月に鎌倉市より友好訪問団15人が ナッシュビルを訪問し交流を深めました。訪問に際し団長でと言われて行きましたが、帰ってきたら友好協会の会長になっていました。

 2014年9月20日 鎌倉市とナッシュヴィルのパートナーシティー協定が締結されました。
(鎌倉市パートナーシティー制度は市民団体主導での特定分野における一層の文化交流を促進することを目的に2011年に施行されました。)

 ナッシュヴィルとのお付き合いは始まったばかりで、2015年9月20日が一周年になりますから記念行事を行いたいと考えております。ナッシュヴィルの物産展を始め、映画会、講演会,
ブルーグラスコンサート、カントリーミュージックコンサートなどを企画しております。これからは文化的な鎌倉として市民や学生同士の交流をすすめ、鎌倉の文化をナッシュヴィルに発信していきたいと考えてます。

  記念写真
       ナッシュヴィルの高校生(ユニバーシティースクールオブナッシュ
     ヴィル)との交流会、前列左から3人目が筆者



編集後記

 
鎌倉十橋に琵琶橋があります。下馬から一の鳥居に向かう途中(京浜急行バスの車庫の当たり)にある橋の名称については諸説があります。ふるくは鎌倉幕府の 初期、この当たりに弁財天があり道路が琵琶のように曲がっており琵琶小路と呼ばれていたが、頼朝は弁財天を鶴岡八幡宮に移し、直線の道路に改築したとい う。なお、現在は六地蔵へ抜ける狭い道路を琵琶小路と呼んでいます。
 
 琵琶は古代サザン朝ペルシャ(紀元前2世紀頃、現在のイラン)に発祥した弦をはじいて音を出す撥弦楽器で、シルクロードを通って中国から日本にもたらされました。現在も五弦の琵琶が正倉院御物として残されています。薩摩琵琶は17世紀に薩摩藩で改良された琵琶の名称で、筑前琵琶は明治に入って筑前で改良された琵琶を指します。このほか雅楽の琵琶や平家琵琶(雅楽琵琶と盲僧琵琶のあいの子の形)などがあります。
 
 取材の日、初めて薩摩琵琶の演奏を聴きました。 天然の木と絹の弦で作られた自然に優しい楽器、その音色も人々の心の中に優しく入ってくる気がしました。初めて聴くのに何故か懐かしい音色です。坂さんが、「もっと琵琶を習う人が増えてほしい」と話された理由がわかる気がしました。



リンク集

▲薩摩琵琶
▲日本琵琶楽協会
▲三溪園
▲ツヤマジカルルーム (琵琶教室あり)


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