春近し
新聞によれば、今年は暖冬だったという。
例年鎌倉でも二回程は路地の雪かきをしなければならないような雪が降るが、この冬は雪らしい雪はなかった。今年に限らず、年毎に冬の寒さは和らいできているように思えるのだが…。
年令のせいで、寒さは好きでない。つい体を固くしてしまうのか、肩が凝る。重いコートを着るからだろうか。
それがある日、突然春めく日がある。朝パジャマを着替えるときに、オヤ、と気がつく。数日前、まさにそういう時があった。三月と言ってもまだ彼岸前だから、又寒さがぶり返すことがあるかも知れないが、確かにその朝は、あゝそろそろ春がくるんだ、という実感があった。コートは脱がないまでも、マフラーと手袋は家に置いて表へ出た。頬にあたる空気が、昨日までと違っていかにも柔らかい。妙なもので、昨日までしみ通るような寒気の中で、凛として香ぐわしく咲いていた白い梅の花が、もう私の役目は終わったと言うかのように精気を失って見える。代わって桃の花の華やかなピンクが、陽差しの中で誇らしげである。
夕暮れもまた、別の顔になる。マフラーに顎を埋め、何となく地面ばかり見詰めて急ぎ足に家路に向かっていたのが、まさに暮れかかる春の宵を味わうかのように、ゆっくり空を見上げたい気分になる。呑みやの灯入れ看板が朧ろに滲んで、真っすぐ家に帰ってしまうのが惜しいような、まさしく価千金の時を迎える。
春はもう、そこまで来ている。(S.Y)
鎌倉ケーブルテレビ広報誌
「チャンネル鎌倉
平成7年4月号掲載
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