| 境内案内 | 歴史 | [ 寺号 ] 妙 法 山 安 国 論 寺 (日蓮宗) |
[ 所在地 ] 妙法寺は、JR横須賀線の名越踏切りの北にあります。鎌倉駅始発のバスの逗子方面に乗ると、10分ほど、バス停の名越で降ります。バス停の先に信号のある交差点があります。道は右にカーブしますが、そこから直進する狭い道に入ります。しばらくすると正面に安国論寺があります。 [ 安国論寺の古建築 ] 山門、本堂、庫裏を地図から見る場合は、下の図の該当する「白抜き文字」をクリックしてください。新たなページとして開きます。 |
[ 境内案内 ] 山門を入って左手に受付がありますが、拝観料を箱にいれて入ります。 参道の左手には、入口から本堂の前まで、大きな石灯籠が5基並んでいます。さらに門の手前の右側の1基、本堂の先に2基、境内奥の斜面の南面窟に1基と全部で9基ほどあり、かつては増上寺にあった、徳川家のものとのことです。 本堂 (写真下左) の前で振り返るように見ると山際に御小庵と呼ばれるお堂 (下右) があります。お堂は裏の御法窟と呼ばれる洞穴とつながっています。 御小庵の前には、海棠の古木 (写真下左) や、その裏手には日蓮聖人の杖が根付いたといわれる妙法桜 (2段下左) があり、開花の時期には大勢のかたが訪れます。 また、御小庵の右手には、日蓮聖人に仕えた熊王丸と、熊王丸が信仰していた稲荷を祀った熊王殿があります。 本堂の右手を山のほうに向かうと、日朗上人が荼毘にふされたという、日朗上人御荼毘所のお堂があり、そこからさらに奥に進むと、山手の斜面には、日蓮聖人が襲われたとき難を逃れたという南面窟があります。 本堂の右手前には小高い山があり、御小庵の右手から上がることができます。登ると市内を見渡すことができ、途中に「立正安国の梵鐘」があり、人間国宝香取正彦氏の作です。 さらに道なりに進むと、南面窟の前に出てきます。 |
[ 歴史 ]
お寺の伝えによると、建長五年 (1253)、 日蓮聖人が鎌倉に来て布教をしますが、当時の社会の不安や天災の原因を幕府や他の教えのせいとして激しく非難しました。 そのために住むところもなく、御小庵のうしろにある岩窟を道場にしていたといわれています。ここで、文応元年(1260)に『立正安国論』が書かれたと伝えられています。 同年に焼き討ちにあい、このときに逃れたのが、境内奥にある南面窟といわれている洞窟です。 御小庵のうしろの岩窟は御法窟と呼ばれるようになり、これを基にして日朗上人が安国論窟寺を建てたのが始まりといわれています。 その後、日現上人が要法寺を建て、後に一つになって、安国論寺となったそうです。 古建築のトップにもどる |