今回ご紹介するのは、鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』が実朝暗殺の日の記事に、実朝が詠んだと伝える歌を紹介したツイートです。ツイートは実朝の命日(旧暦)に投稿されました。西暦では2月中旬になり、梅が咲く今の時期に読み返してみると、改めて当時の人々の想いが伝わってくるように感じました。

《フォト和歌》出でて去なば ぬしなき宿となりぬとも 軒端の梅よ春を忘るな…実朝『吾妻鏡』
建保7年(1219)1月27日の右大臣拝賀式に出かける際に詠んだものとされます。帰途源頼家の遺児公暁に暗殺され、源氏三代将軍はここに断絶します。実朝は自らの死を予感していたのでしょうか? T

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